ジメジメ環境と言っても一つではない
— 渓流沿い、岩の上、倒木の上。足元に広がる微生息域(マイクロハビタット)の話 —
熱帯ジャングルを歩いていて、一番興味深いのは“足元”なんですよね。
上を見上げれば巨大な木々と林冠があり、その陰にある林床(地面の世界)は、実は単調な暗がりではなく、小さな環境がモザイク状に並ぶ連続する別世界です。
同じ森でも、水があるか・岩が出ているか・倒木があるか、それらの要素がどのくらいの割合で混ざり合っているかで、地面の表情はがらっと変わります。ここでは現地で見てきた林床の環境を栽培環境のヒントになるように記録しておきます。
微生息域を理解するコツは「水・岩・堆積物」を見ること
林床は、ざっくりこの3つの要素で構成されてます。
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水:流れる/溜まる/染み出す/しぶきがかかる
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岩盤:濡れてる・湿ってる・乾いてる
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堆積物:落ち葉、泥、倒木
この組み合わせで、同じポイントでも全くの別世界になります。
標準的な林床:暗い、湿潤、落ち葉の高速分解
まず基本の林床。
光は少なく、空気は動きにくく、湿度が高い。地面には落ち葉が積もるけど、暖かく湿っているので分解が速く、落ち葉がいつまでも残る感じは意外と少ない。
ここで目につくのは、芽生えたばかりの幼い木(実生)、シダや陰生の草本、苔マット、色んなキノコ。
地表近くに細い根がびっしり張っている場所。
林床は「栄養が土に溜まる場所」というより、生き物の体と地表近くで栄養が高速で回る場所という印象です。こういう場所は色々な種類が混生していることが多いですが、Homalomenaで言うとフミリスタイプの種類が生息している環境です。
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標準的と言っても地点ごとに観察すると状況は様々。
・バットレス周辺(巨木の根元)
熱帯雨林の巨木の根元、いわゆるバットレス(板根)周辺は、ジャングルの中でも特に生命が密集し、小さな昆虫や植物にとって保護的な環境を与えています。
物理的な巨大な板根が放射状に広がることで、地面に「仕切られた小部屋」のような空間が生まれ、空気を停滞させるため周辺よりも湿度が高く保たれます。さらに枯れ葉などの堆積物が隙間に集まり厚い層になって、植物にとって良質な苗床になります。水捌けが良い場所ではここにフミリスタイプの天鵞絨ホマが点在していたり似た生態のスキスマが居たりします。逆に水が一時的に溜まるような水気の多い場所では苔やジュエルオーキッドが多く見られ、その上にコケシノブの大群生が形成されていたりします。この環境を再現できれば大体の小型Aroidは育てられます。
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・ナースログ(倒木上の苗床)
ジャングルを進んでいると大小様々な倒木や、かつて倒木だった痕跡を見ることが出来ます。
この倒木上の環境は物理的に高床式になっていて幼苗や小型種の避難所的な機能をしているように見えます。
ジャングルの林床は湿潤ですが、落ち葉が腐りやすく病原菌リスクもあります。倒木は地面より少し高い位置にあるため、根腐れしにくい通気性と排水性があり、地面の草本との競争も避けられて安定して育つ「良い足場」になります。さらに倒木はスポンジのように水分を蓄え、周囲が乾いても内部の水がジワッと供給され、木材を分解する菌の働きで養分も長くゆっくり放出されて、安定したマイクロハビタットを作っています。
明るく比較的低湿度の環境ではキノコがいっぱい生えていたり、もう少し湿度が高まれば美しいライトグリーンの苔に覆われていたり、さらに暗くて高湿度になると苔マットからソネリラやアルゴステマなどの小型種が生息していたりします。ナースログごとにも色々な環境条件で植生が変化するのでおもしろポイントの一つです。
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・倒木ギャップ
ジャングルの高木が寿命や嵐などでぶっ倒れた際に、それまで日光を遮っていた林冠にぽっかりと穴が空いて突然明るくなった空間。
これはジャングルの「新陳代謝」そのもので、植生のリセットと再構成の瞬間を見ることが出来ます。ジメ草的にはあんま特筆すべきことはないですが、動きを想像しながら観察すると面白い場所です。
ギャップでは、それまで数%しか光が届かなかった暗い林床に強烈な太陽光が一気に差し込み、地中で光を待っていた種子や成長を止めていた小さな苗がよーいドンで目覚めて急成長を始めます。同時に地表の温度が上がり湿度が一時的に下がるため、周辺では環境激変をトリガーに開花や新芽形成が活発になります。しかし、その環境は短い“再生の窓”で、時期に周囲の木々が枝を伸ばして再び穴を塞ぐので、その前に低木や高木の苗は上へ伸びる激しい競争が起こります。暗い林床では生きられないが強光下で爆発的に増えるパイオニア植物とその日陰を好む種とが混在し、ギャップ周辺はジャングルでも特に多様性が高いポイントです。
渓流沿い:林床の中でいちばん動く場所
渓流沿いの林床は、熱帯ジャングルの足元の中でも特に動的な場所で、しっかり湿っていたり林冠が途切れて乾いていたり、増水で地面が洗われ、積もり、また削られるという更新が繰り返されています。数メートル歩くだけで足元の材質が「泥→砂→礫→岩→流木→落ち葉の島」と次々に切り替わります。時間を忘れてどんどん進んで行ってしまうジメ草沼ロードですね。
この環境では、植物にとっての最大の課題は「育つこと」よりもまず定着すること。雨季の増水で砂礫が動けば、根を下ろしたつもりでも簡単に流されるので渓流沿いの植物は“各種の最適な安全地帯”に集まります。例えば、岩の割れ目、転石の陰、倒木の裏側、板根の溝、落ち葉や枝が集まって土ができた小さな中洲のような場所。そういう場所が、生き残れる足場になります。
そして渓流沿いは栄養の流れも独特です。上流から運ばれてきた細かい有機物や泥が溜まる場所では、薄い土でも植物の密度が急に上がることがあります。つまり各微生息域がモザイク状で、その境界線がそのまま植生の境界線になっています。
渓流沿いは狭い範囲に多くの種類が生息しているのでめちゃんこ面白いです。スマトラよりもカリマンタンの方がその傾向が強くアロイド天国でした。
しぶき帯:常に新しい水で濡れている場所(強弱+光)
滝や急流の近く、岩にしぶきが当たる場所は微生息域を最も理解しやすい地点。
乾季でも湿り続け、岩肌に薄い苔や微小な植物がびっしり広がることがあります。
ここでは土が無くても生息環境として成立します。
ただし、成立する代わりに条件は極端です。
根を張れる隙間を見つけた個体、あるいは岩盤に活着できる種類だけが生き残れます。言い換えると、飛沫帯は「誰でも住める場所」ではなく、選ばれし者しか生存できない場所です。
そして、そこが面白い。
“選抜が強い”ということは、周辺の別環境にいる普通の植物よりも、局所的に希少種の密度が上がりやすいポイントになり得ます。飛沫帯は、森の中で突然現れる小さな希少種ホットスポットになっているんですね。
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・水飛沫が比較的強い場所
この環境では、殆どの植物は定着することが出来ず、自ずと変わった種類が集まってくるようです。
葉に強い弾力がある種類や水流避けの凹凸が発達した種類などが多い印象でした。Bucephalandraを含めたカリマンタンの一部のSchismatoglottideaeの小型種やスマトラの渓流性Homalomenaなどが良い例ですね。
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・水飛沫が比較的弱い場所
飛沫が弱くなると、環境は少しだけ住みやすくなります。すると今度は、定着できる植物が増えるぶん、生存競争が強くなる。
このゾーンには、イラクサ、ベゴニア、ソネリラなども参戦してきます。
その中で上手くニッチ(すみ分けの席)を取れれば、Homalomena や スキスマ も残っている、という感じです。飛沫が強い場所が「耐える者の世界」だとしたら、弱い場所は「競争の世界」になります。
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・プラス光環境
飛沫帯に良い感じに光量が追加されると、さらに競争が激化していきます。
ここでは苔がかなり優勢になり水流耐性の強い苔マットが形成され、そこを土台に植生が一気に増えます。でも、所詮岩盤に緩く付いている苔なので植物が成長すると丸ごと落ちてしまい、またそのサイクルを繰り返します。なんか想像すると可愛いですね。
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・滝の裏
ここはかなり特殊な環境で滝ごとに全く異なる世界になっています。
滝の水流で隔離された場所では、大きな落ち葉や枝がほとんど無く、非常に細かい泥と薄い苔が多い環境。
低い滝の裏は高湿度+水飛沫+低光量の環境で、ここにもHomalomenaが他の植物から離れて群生していることがあります。
高い滝の場合は、低湿度+水飛沫+高光量。ここではHomalomenaと尾根などに多いネペンテスや湿地に多いマパニアが混生していました。
岩盤上:土がないのに森が続く
巨大な露岩に乗ると、林床は急にサラッとします。
雨が降った直後はしっとりしていても、日が差したり風が抜けたりすると一気に乾く。つまり、岩の上は「乾湿」の振れ幅が大きい。こう言う環境ではベゴニアやイワタバコの仲間のテリトリーになっていることが多いです。または、岩の凹みに落ち葉や岩肌を流れてきた水が溜まり小さな土の壺のような場所ができて、そこが周辺とは全く異なるHomalomenaのオアシスのようになることもあります。
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常に濡れてる谷底の岩盤ビッグウォール
かなり暗くて湿度100%、でも風が抜けて昼間でも常に涼しい。岩盤はほぼ垂直で堆積物もほとんど無く、全面に水が染みている。この環境を見つけたら確実に変な植物を見つけれます。環境があまりにも特殊なのでそこに追い詰められて適応したごく一部の種類しか生存不可能。
こんな場所で見つけたのHomalomena aff. asperifoliaです。一見アスペリフォリアですが、ブツブツ強強な未記載種。
さらに面白いのは、似た岩壁でも「濡れていない」「堆積物がある」等の違いでまったく別のメンバーに入れ替わることです。岩盤上は、物質の有無が世界を分断してる。
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乾湿の振れ幅が大きい岩肌
ここはベゴ確ポイントですね。もう絶対にそこにいます。イワタバコも各岩に必ず出現します。雨と朝露と湧き水で毎日濡れるけど、毎日ちゃんと乾く場所で、色々な堆積物や苔シダに覆われて栄養分も途切れず小型植物にとっては競争の激しいポイントでもありますが、岩盤上なので深く根を張る必要がある大きい植物は生活できないようです。
同じような岩でも光環境の違いでガラッと植生が変わりパラレルワールド化していることも。
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- 雨が当たらないオーバーハング岩盤
この環境も非常に特殊で希少種のホットスポットです。
森の中で実際に見て印象的だったのがHymenophyllum pilosissimunの自生風景でした。
川のすぐそばの横幅5m高さ10mほどのオーバーハングにのみに群生し、物理的に雨粒が当たらない場所に限定して生息している光景はまさにマイクロハビタットの境界。
さらに、その上には別種のコケシノブがはっきりとした境界線を敷くように分布。数十cm〜数mの差で世界が切り替わる光景は現地で直接見るべきポイントですね。
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こういう最小単位の環境が、連続しているので岩盤上でも森を途切れさせへんのですね。
ジャングルの林床は単なるジメジメした場所ではなく、条件の違う小さな別世界の連続
熱帯ジャングルの林床を歩いて寝泊まりして感じるのは、
「どこも同じ」ではなく、数歩ごとに環境が切り替わるということです。
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水が支配する場所(渓流沿い、しぶき帯、湧水)
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岩が支配する場所(露岩、割れ目、巨石の陰)
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森の更新が見える場所(倒木、ギャップ、崩壊地)
微環境の詳細は紹介しきれないくらい多彩ですが林床の知見が変わると、植物だけの興味から、環境そのものが観察対象として立ち上がってきます。
ただし、その種類がこの環境に生息しているからそれがその種にとって最高の環境という訳ではないです。希少種ほど他の強い種に追いやられて、仕方なくそこで生活している場合が殆どです。
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